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√3は3の倍数である

数弱は焦っていた。テスト終了まで、残り時間はわずか。依然として埋まらない解答欄。何か、何か書かなくては。数弱は、無心でシャープペンシルを走らせた。最後の気力を振り絞る。そこでテスト終了を告げるチャイムが鳴り響いた。——やりきった。白い解答欄の中で、『n=√3α(αは整数)よりnは必ず3の倍数となる』、この文字列が一際輝いていた。

死ネタについて考える

いろいろ
大前提として私は死ネタが大好きな腐女子です。
ここで死ネタとは一体何かを今一度確認しておきましょう。

死ネタとは、小説や漫画の中で登場人物が「病気や事故などで死んでしまう」という設定のこと。 
このネタはあくまでもその作者(投稿者)の想像によるフィクションであり、版権モノであっても公式でない限り、原作とは一切関係のない妄想展開である。 
誰かが死ぬという設定上、バッドエンド的なオチや非常にショッキングな展開になることも多く、原作ファンの中には当然それを好まない人もいるので、展開の過激な作品を投稿する際にはサムネイル表示で目に入ることがないように注釈を書いておいた方がよい。 
ピクシブ百科事典より引用しました。

さて、私は死ネタの中でも「自殺」モノが好きです。
と、友人(ほぼほぼ一般人)に伝えたところ、

「えっ?


好きなキャラが死んで悲しくないの?」




……









…………























確かに。

言われてみれば確かにその通りです。
推しキャラの死、それ即ち自らの死と言っても過言ではないほどに腐女子はキャラを溺愛しているはず。
しかしなぜわざわざ死ネタという一つのジャンルが出来上がっており、またそれを好むのか?
これは謎です。
人それぞれ異なるとは思うので、まずは自分の場合を省みることにします。

私が死ネタにハマったのは中学のころです。
当時の好きだった作品に、「明るく振舞っているが、実は影があり、思い悩んでいる」的なキャラクターがいました。

どハマリです。支部でそのキャラの死ネタを見つけた瞬間にブックマーク、大抵の作品は読むくらいのレベルです。
彼の「明るそうに見えて実は……」が死ネタ好きを引きつけるのか、自殺ネタが数多くあり、とにかく読み漁りました。

ここから読み取れるのは、決して普段から病んでいるわけではなく、

まさか彼に限って

これです。
つまり死ネタをかかれやすいキャラは公式では明るく元気な場合が多いのではないでしょうか。

明るく振舞っているけれど、実はいつだって周囲を恐れているだとか、
そういう実は病んでる、的なキャラの死ネタを腐女子は好んでいるのではないでしょうか?
例え公式で病んでいなくても、妄想で「実は病んでる」キャラに仕立てあげられるのが腐女子
少なくとも私の場合はそんな気がします。

あくまでも主観ですが。


ところで死ネタが地雷という人は数多くいると思います。
少し前にも、Twitterで「死ネタは事前にネタバレしておくべきか、否か」の学級会がありましたしね。

キャラクターの死に嫌悪感を覚える、自殺に持っていくまでのキャラクターの性格捏造が気持ち悪い、そもそも死ぬっていうのが無理。
こんな感じで理由は様々な気がします。

では死ネタが好きな人はなぜそれが好きなのか?
本題はこれです。
ここからは死ネタが好きな人に限って話を進めていきます。

死ネタが好きな人は、死に対して何らかの美しさを見出しているのではないでしょうか。

日本には古くから、「心中」という言葉があります。
情死とも言われ、その起源は遊女の「心中箱」と言われています。指を相手に送るってやつです。
情死の多くは現在に至るまで、美化されているものが多いです。
これはどうやら、日本独自の来世思想が影響を及ぼしているようですね。

そんな情死、即ち心中のイメージをもっていることで、自殺そのものが美化されている可能性がある気がします。

それと、これはもう完全な個人論になってしまうのですが、自殺という最大の自己犠牲を払うことで、そのキャラクターの優しさが明確になる、っていうのもあるのではないかと考えています。
死ネタではたびたび、(自分がいない方が良いのではないだろうか)の思考の元、あくまでも「みんなのため」に自殺を決行することがあります。
そんなみんなのためと言いつつ独断で自殺に走る推しキャラの愚かしいほどの優しさ……憐れ……憐れだ……的な……?


……



??????

何を言っているのか分からなくなってきました。

結局何を書きたかったのかも忘れてしまいましたが、死ネタはよいぞとだけ書けていれば満足です。

弟が熱を出してしまったので、早く治ると良いなぁと思います。