レシート廻戦

母からたまにレシート(お気持ち表明ド長文LINE)が送られてくる。

これまで私はレシートを既読無視していた。戦ってどうこうなる相手じゃない、と26年かけて学んできたためだ。頭がおかしい人間を相手にしていると私の頭までおかしくなる(※躁鬱実績解除済み)ので、見なかったことにするのがいちばんの解決法だった。

しかし今回男という人質を取られた私は「見なかったことにするのがいちばんの解決法」という賢いやり方をすっかり忘れ、真っ向から反論してしまった。今思えば愚かであった。

結果私は母からの一応の謝罪と不正出血という戦果を得られた。

以下、戦いの記録である。

 

◾︎母からのレシート1

8月2日、日曜日は私の誕生日会をするから(実家)に来てほしい。
(男)くんも一緒でもいいから夕方にきて夜ごはんを食べてから帰るのか、泊まるのか、
わからないけどそうしてね。
よろしくお願いします。

 

(私)さんだけでもいいよ。

 

2人で住むから今後は会わないとか誕生日会に参加しないとかはありえません。
父の日、母の日、それぞれの誕生日、お盆、年末年始とかはちゃんと顔を見せにきてください。
これからも参加してください。
無理と言うなら(男)くんに私からお願いしますとラインします。
おじいちゃんと(猫)が元気のうちは1ヶ月に2回は(実家)に泊まりに来てほしい。
じーちゃんもばーちゃんも長生きしてほしい。
90歳までは元気でいさせてください。
そのためにも(私)さんの協力が必要なの。
(猫)のこともちゃんとしてほしいよろしくお願いします。

 

◾︎私のレシート

おじいさんとおばあさんに長生きしてほしい点は同意しますが、(母)さんの姿勢は過干渉なのではないかと感じています。

良い機会なので書きますが、私に何かさせようとするとき「(男)さんに連絡する」とよく言いますね。
脅しのように感じますし、圧力としか思えないので非常に不愉快です。
はっきり言って協力したいという気が失せます。今後(男)さんと(母)家を関わらせたくないと感じる大きな要因です。

本来同棲後の生活について決定権があるのは私と(男)さんではないでしょうか?
未成年ならまだしも経済的にも自立した成人に対して、どのような立場でそこまで物事を決めているのか理解ができません。
私たちにも仕事の都合や家事の都合があります。

会わないと言っている訳ではありません。
(猫)は私の猫ですし、世話の責任があることは理解しているつもりです。祖父母に長生きしてほしいことも全面的に同意します。
しかし一方的に帰省回数を定められ、予定を合わせろと言われることは県外で生活する社会人にとって大きな負担になることを想像してほしいです。
頻度や日程については私と(男)さんで相談した上都度決めさせてください。

 

レシート1が送られてきたのは木曜深夜1時であった。そろそろ寝ようかと思っていた矢先目に入った「無理というなら(男)くんに連絡します」という文字は眠気覚ましにぴったりで、私は目をパキパキにしながら瞬間的に湧き上がった怒りのままに初めてレシートを作成した。来週18日に同棲開始予定なので、それまでに面倒事を片付けたいという焦りもあった気がする。深夜2時半にレシートを叩きつけた後、得られたのは「遂に言ってやった」という満足感であった。脳のおかしな部分が刺激されてまったく寝られず、脅威の睡眠時間2時間で労働に向かうことになった。

そして午前10時半。レシートは倍の量になって返ってきた。

 

◾︎母のレシート2

脅しとか圧をかけてるわけではありません。
(私)さんから言いにくいから私からお願いしてみようかなと言ってるだけです。
私は、(男)さんがどんな人間なのか知らないし実家に帰っていいよという人なのか家にいろという人間なのかわかりません。
(私)さんが言ったからって何ていう返事がくるのかもしらないし
あなたが言いにくいなら私からお願いするよと言ってるだけ

先に会う日にちを決めたほうがそっちも動きやすいからそう言ってるだけです。
今回はこの日とこの日に帰ります。
とか

あと、あなた達に決定権があるのはわかるけど親の気持ちはこうなんです。というのをわかってほしいだけ
こう思ってるよと言うのを伝えるのがなぜいけないの?
こうしろと命令してるわけじゃない

 

結婚とか同棲は家族の繋がりなの
絶対に2人だけで生活していくとか横の繋がりをなくすとか無理だよ。
もっと会う機会が増えるし家族の行事ごとで会うことが多くなるよ。
向こうの親と私達とみんなで会うとかそう言うのが増えていくの
あなた達をみていると2人でやっていくからほかっといてという感じだけどそうじゃない

 

社会人になろうが子供は子供だよ。
一生、私の子供だよ。
私の気持ちを伝えるのがなぜ悪い
社会人になったからってなぜ遠慮しないといけないの?
伝えるのは自由でしょ
私の子供だから親の気持ちを伝えているだけ。
そのように動いてとは言っておりません。
どうかな?と聞いてるだけ
(男)さんは(私)さんに帰る頻度は合わせますと言ってたよ。
だから(私)さんに決定権があるんでしょ?
だから言ってるんだよ。

 

8月2日の日曜日はきてくれるの?

 

ここで言い合いをしてても仕方ないので(男)さんにラインしました。
よろしくお願いします。

 

「すぐ男にLINEしようとするのはやめろ」と言った矢先に「LINEしました」と事後報告があってひっくり返りそうになった。私の文章が悪かったのだろうか、と何度も読み返した。もしかしたら不愉快という言葉が難しくて伝わらなかったのかもしれない。

工事の立ち会いを終えた私は急いで母に電話した。出なかった。次の仕事があるので移動がてら文句だけは入れる。

 

◾︎私からのレシート2

なぜ私たちの問題にすぐ(男)さんを巻き込もうとするんですか?
事前相談もなしにそういうことをされると本格的に関わりを持ちたくなくなります。

 

母から送られてきた「一生、私の子供だよ。」という文字が呪いとしか思えずいよいよ気分が悪くなってきていた。男に対して「母からLINEが行ったようだが無視しろ」と連絡。頭がおかしくなる! と思ったので祖母に電話した。あなたの娘は頭がおかしい! 助けて! と泣きつくと「言っておくわ」とのこと。

 

◾︎母からのレシート3

私たちの問題?
あなたと(男)さんの2人の問題でしょ
2人が決めることでしょ
帰る頻度はどれくらいと聞いてあとは2回ほど帰るかを聞いただけ
だよ。
そんなに怒らないで

 

脅しても強制もしてないから安心して

 

そんなにしたらダメだったの?
私にはわからん
でもダメだったのならごめんなさい
もうしないです。

 

いろいろ言ってごめんね。
反省してます。

 

 

母から謝罪がきた。確実に祖母の力が働いている。

帰宅後祖母に「母と話せたか」と聞くと「電話しようとしたら『いやです』って言われた」とのこと。いやですとは何!? 結局LINEでのやり取りで、「まだ同棲もしてないのに男にそんなことを言って別れさせたいのか」と言ってくれたらしい。

それに対してぶつくさ文句が並べられた後、「一応」謝っておく、という旨の返信が祖母に来ていた。一応、に対しての私のピキり方はエグかった。

 

◾︎私からのレシート3

夫婦揃って同棲を止めさせたいのですか?
であればまだ行動に理解ができます

 

もう疲れました

 

2日は帰りません
入居直後の土日は色々やることがあります

 

「夫婦揃って」というのは、以前母の再婚相手が男に対してド長文お気持ちLINEを送っているためだ。その時は母も一緒になって「まだ付き合ってるだけなのにお気持ち表明LINEはヤバい」と言っていたのに、何を自分だけ例外みたいな顔をしとるんじゃという話である。

18日に同棲開始予定なのだが、24、25は母主催家族旅行に連行されるため家を空けることになる。実質的に8月2日は同棲後2回目の土日というわけで、生活基盤を整えるための貴重な時間なのだった。

謝られたところで男には既にLINEが送られてしまっている。まだ同棲してもいない彼女の母親に月2の帰省をしろと言われ困り果てているに違いない。再びガチめに体調が悪くなってきた私は家とコンビニを往復し煙草ばかり消費していた。

翌日有給を取って男と高山に行く予定だった。同棲前最後の旅行ということで楽しみにしていたのだが、気分的にはそれどころではない。煙草を吸いすぎて目もパキパキ。眠れない。

なんとか朝の電車に乗って高山に向かった。

行きの電車で「母が申し訳ない」と言うと、やはり男は返信に困っていた模様。レシートを確認させてもらった。

 

◾︎男に送られたレシート

こんにちは

暑い日が続いていますね。

体調とかは崩されてませんか?

今日はお願いがあってラインしました。

同棲後の話なんですが私の両親が(私)が出ていってしまうのをとても寂しがっています。

赤ちゃんの時から育てて面倒みてくれていたので会えなくなるのを寂しい、寂しいと言っております。

そこでお願いなんですが今後、月に2回ほど帰省してもらえないでしょうか?

その時にできれば泊まっていってほしいです。

猫の(猫)のことも高齢のため猫のお世話もやることができません。

ご飯はあげることができてもシャンプー、爪切りができません。

仕事のこと、家庭の生活のこともあるので大変かもしれませんがぜひご検討ください。

先日、(男の母)ちゃんとモゾに行き買い物&ラン手してきました。

楽しかったです(えもじの子(仮))

もうすぐ梅雨明けですね☀️

お体に気をつけてお過ごしください。

 

なんと祖父母のせいにしている。祖父母からは「生活が落ち着くまでは帰ってこなくて良い」と言われているのでびっくりした。男が返信した方が良いよねこれ、と言うので「無視しろ!」と再度繰り返した。男に送られているLINEを祖母に展開、「これはじいさんとばあちゃんの意見が入ってない考えだからね😊」の返信を証拠として見せる。そうこうしている間に景色は山と川、壮大な自然に変わっていた。返信するかどうかも含め一旦現実は忘れよう、ということになった。高山に到着し、レンタカーを借りて富山のグランピング施設に向かう。

都会の喧騒から遠く離れたキャンプ場は平日だからかほぼ貸切で、現実を忘れるには素晴らしい場所だった。雨女雨男には珍しく天気は晴れで、夜は満点の星空を眺めることもできた。

翌日は高山に戻って、駅周辺の古い町並みをうろついた。あっという間に帰る時間になって、私はだんだん現実が、すなわち壮大な自然に代わって壮大な鬱が近づきつつあることを悟っていた。 まだ同棲が始まってもいないのに色々なことが起きすぎている。こわい!

男は母に返信をするらしい。無視すれば良いのに。律儀なやつである。これからこの狂った家に男も巻き込むのかと思うと怖すぎて息ができなくなった。かひゅうになるのは嫌だ……と思いながらのろのろと電車に乗りこみ、男に送られて帰宅した。精神の調子が悪すぎるのでコンビニに向かい、煙草を吸って酒を飲んだ。ストレスのあまり不正出血していた。おれは!!!!弱いっ!!!!

両親大喧嘩

六月一日月曜日、母が荷物を持って実家に帰ってきた。数え切れないくらいに何度も発生しているイベントなので、正直「いつものね」って感じだ。いつものね、って感じではあるのだが、今回はタイミングが最悪だった。週末に男を連れて母たちの元に向かい、「同棲します」と報告する約束をしていた。土曜日までに何とかなるのだろうか?


時系列はこうだ。週明けに仕事を終えて帰宅すると、祖母の姿がなかった。一人で晩酌していた祖父に話を聞く。土日帰ってきていた母がまだ残っており、祖母と連れだって買い物に行ったらしい。

あの人まだ帰ってなかったのか、と驚いた。母は専業主婦である。こんなに家を放り出していていいのか? と思ってしまった。幼少期から叩き込まれてきた「誰の金で飯食ってるんだ」という考えがよぎる。母の再婚相手は昭和を体現した人だ。母が毎週毎週実家に帰ってきていることをどう思っているのだろうか? 最近に関しては月曜まで居座っていることが多いので、週休三日制の専業主婦を養っていると言える。再婚相手は正直そこまで器の大きな人では無い。いつブチ切れられてもおかしくないんじゃないだろうか……。

祖母がおらず飯がないのでいももちを作ることにした。芋の皮を向いてレンジに突っ込んだあたりで母達が帰ってきた。なんだかんだと買い物の中身を整理し、結局夜の七時過ぎに帰って行った。母は一人で三人分くらい騒がしいので、ようやく家に平穏が訪れる。猫もやれやれといった表情で眠り始めた。やっと帰ったね、と祖父と話していたのもつかの間、祖母の電話が鳴った。この時点で全員がなんとなく察していた。母が出て行ってから三十分ちょっとが経っていた。丁度母が向こうの家に着く頃ではなかろうか。祖母が電話に出ると、叫ぶ声が聞こえた。案の定である。祖父は猫を連れて二階に逃げていった。

祖母が「もう帰ってらっしゃい」と怒鳴った。その後ぶつくさ言いながら母の再婚相手に電話をかけ始めた。その間私はせっせといももちを作っていた。少なくとも三十分以上はごちゃごちゃやっていて、いざ食べようとしたときに祖母はまだ電話をしていた。しかも何やらヒートアップしている。終始怒鳴っているようなありさまだ。

「周りの家に迷惑だから」と祖母を窘め電話を切らせた。窓が開けっぱなしになっていたので、祖母の怒鳴り声は恐らく近所中にお届けされていた。しばらくして母が荷物を持って帰ってきた。もう帰ってくるなと言われ、私物を詰め込んできたらしい。ここまでがテンプレ、いつもの流れである。

祖母にこっそりと「今回は何よ」と尋ねた。

「弁当買ってなかったんだって」

耳を疑った。

「何? 弁当?」

そう、と祖母が頷く。

「遅くなったから弁当買って帰るって約束してたらしいんだけど、弁当買ってなくて、旦那さん怒っちゃったらしいのよ」

「……はあ?」

「ママさんはそんな約束してないって言っててねぇ」

衝撃的なくだらなさに唖然とする。ご近所中に騒音被害を与えた原因が、弁当!?


持ち帰った荷物をあれこれ広げる母に、祖母は「あんたが悪い」と説教を始めた。

「そもそもあんたが毎週毎週土日帰ってきて旦那ほかって遊んどるのが悪いんでしょう! 旦那の飯も用意せんで何が主婦だ!」

母は「主婦は奴隷じゃないんだわ!」と言い返す。


どちらかというと、私は祖母寄りの意見だった。学生時代に養われる側の立場で権利を主張するなと何度も言われてきたからだ。当時はそれが悔しくて仕方がなかったのに、いつの間にか私の信念みたいなものになってしまって、今や私自身が「養われている身分で……」と思う側になってしまった。母は“専業主婦”という職業を選択したのだから、基本は家にいて、家のことをやるべきだ。そうでなければ専業主婦という職は消え、“養われている身分”だけが残る。権利の主張ができない人じゃないか。


でも最近、“養われてる身分で口答えするな”という考えってどうなんだろうと思うようになってきた。近頃私のツイッターには「出産割り勘ってどうなんだよ」という話題がよく流れてきて、しっかりと憂鬱な気持ちになっていた。私は女で、仮に子どもを望む場合しばらくの間“養われている身分”になることが確定する。だからって何か言う権利がないって、それは納得できない話だ。

私はもうすぐ男と同棲する。同棲の先には結婚があって、結婚の先には妊娠と出産の可能性がある。母を見ていると結婚に対しての絶望感が増していく。私と男も近いうちに、端から見ればこんなにもくだらない言い争いを醜く繰り広げることになるのだろうか? なるんだろうな。だって私には母の血が流れている。二十六歳になって、私って母と似てるんだな、と感じることが随分増えた。私は母と同じ歴史を繰り返すような気がする。耐えられない!

祖母と母の諍いを聞いているうちにどんどん鬱が加速して、弟を連れて家を脱出した。近くのコンビニに逃げ込んで煙草を吸う。一言でいうなら「あーあ」という気持ちだった。家に帰ったら吸わないって決めてたのになぁ。


火曜日になっても水曜日になっても母は実家にいて、なんだか悲しくなってきた。母は部屋に閉じこもっていて、食事の時間になっても出てこなかった。土曜日どうするの、と何度か聞いているのに、明確な回答は何も無いままだった。それは母の再婚相手についても同じで、祖母経由で「土曜日の挨拶はどうするんだ」と聞いているのに何の回答もなかった。二人とも孫が見たいと言うくせに、この仕打ちは一体何なんだ。第一男になんて言えば良いんだ。馬鹿正直に「夫婦喧嘩中のためリスケで」と言うのか? 重苦しい空気の中、祖父母と食卓を囲んだ。

ふと先日会った男の両親を思い出した。あの人たちはこんな風に子どもを巻き込んで大喧嘩とかするんだろうか? 到底想像できなかった。無意識に、

「なんで私の親ってふつうじゃないんだろう」

と呟いていた。自分で言っておいて、自分でびっくりした。まだこんなことを考えている自分がいることに驚いた。随分昔に埋葬したはずなのに、男の存在が、近くで見える育ちの良さが、気づかないふりをしていた家庭に対するコンプレックスを大いに刺激していた。あまり認めたくないことだけど、私は穏やかな両親と太い実家を持つ人間がめちゃくちゃ羨ましいのだ。

言ってしまえば男の家庭環境はめちゃくちゃ羨ましいの代表例で、めちゃくちゃ羨ましい家庭環境で育ってきた人間と上手くやれる自信がゼロなのだった。あーあ。親が普通だったらなぁ。

祖父母は「そんなこと言ったって仕方がない」とコメントした。まったくその通りで、この家庭環境で生まれてしまったのだからどうしようもない。お育ちの悪さにはメリットもあった。この家には両親を立てる、という文化が微塵も存在していない。

メソメソしたって何の解決にもならないのである。木曜、私は立ち直っていた。「なんでこのアホどものせいで私が惨めな思いをしなきゃならんのだ」という怒りが支えてくれた。母とその再婚相手に「親面して孫が見たいと望むなら、親らしく『娘のためにこんなタイミングで喧嘩をするのはやめよう』という話にならなかったのか」とキレた。男は連れて行けません。こんな親恥ずかしくて会わせたくないからです。都合良いときだけ親面するのもやめて欲しいです。親なら子どもに迷惑をかけないはずだからです。仮に孫ができたとして会わせません。私は自分の子どもに迷惑をかけたくないからです。

まだ見ぬ孫を人質にしたタゴサク作戦は強烈に効いた。その日の内に母と再婚相手の話し合いが行われ、翌日金曜、母は実家から帰って行った。少なくとも二ヶ月は実家で暮らすと言っていたのに。どんだけ孫見たいんだこいつらは。


土曜に男を連れて行くと、母達は至って普通の状態に見えた。とても昨日まで実家を巻き込んだ大喧嘩をしていたとは思えない。私が「こんなタイミングでしょもない喧嘩しやがって」とネチネチ言うと、母はあっけらかんとして「夫婦なんてこんなもんなのよ!」と開き直った。再婚相手も「そうそう」と頷く。完敗だ。こいつら本当に悪いと思っているんだろうか。あんたもいつかわかる時が来るわ、と言われ、私と男もこんな風になってしまうんだろうか……とまた落ち込んだ。なるんだろうな。母に似た娘だから……。あーあ。

同棲怖すぎる

同棲するの怖すぎる。とにかくこれに尽きる。


ぼんやり生きていたら男と付き合って二年が経過していた。予定通り八月に同棲するつもりなので、私の祖父母への挨拶だとか、男のご両親への挨拶だとか、四月中に色々と済ませた。私の祖父母に関しては本当に何の問題もなく、男のことをしきりに「高橋宏斗に似ている」と言って絶賛していた。危惧されていた男のご両親との会話も表面上は滞りなく、ぎりぎり及第点くらいはもらえそうな感じだった。一応関係を受け入れてもらえたものと認識している。

ところで最近私には部下ができた。宮崎大学出身の二十二歳で、工学部の男の子だ。まだ営業として独り立ちさせることはできないので、ひたすら一緒に客先を回っている。必然喋る機会は多く、私が同棲予定だという話になった。部下くんは「急に寿退社とかやめてくださいね」と軽口を叩きながら、不思議そうな顔をした。

「てかなんかすごい暗くないですか?」

部下くんは大学時代に彼女と半同棲していたらしい。男女交際においては部下くんの方が先輩である。同棲先輩である部下くんに、同棲を控えた私はこのような指摘を受けた。

「同棲前ってなんかもっと浮かれるものだと思うんですけど」


部下くんの指摘は非常に正しい! 私は近鉄で頭を抱えながら、「同棲……するんだよね……」的なテンションで喋っていた。およそ両親挨拶を終えた人間の姿とは思えないだろう。

でもとにかく不安しかない。いくら交際相手とはいえ他人同士である。毎日毎日顔を合わせて同じ空間で生活するって一体どうなるんだ。こわい!

怯える五年目上司に対し、部下くんは「まあ同棲って価値観の違いでますからねぇ」と追撃の手を緩めず、最後に「僕もそれで別れました」と特大の死刑宣告を残した。私はメソメソしながらゴールデンウィークを迎え、男とともに九州へ向かった。九州にいる間、頭の片隅にはずっと“価値観の違い”という言葉が置かれていた。


主に私が怯えているのは男との育ちの違いである。子どもの頃は気づきもしなかった男の育ちの良さが本当に怖い。私は雨が漏り、虫が徘徊する家で、犬とともに芋を食いながら育った。当然のように父親はおらず、当然のように奨学金があった。皿の代わりに郵便受けに入っていたチラシを使っていて、割と最近まで疑問に思うこともなかった。これ実家での一人称が“僕”の男と付き合ってて良い人間じゃないだろ。

環境によって作られた人間性は二十六年モノで、簡単に変えられるものじゃない。それはお互い様だろう。私も男も簡単に変わることはできない。今まで大きな衝突がなかったぶん、それが本当に怖い。お互いぶつかり合って角が取れたよね、なら良いだろう。ぶつかり合って芯から砕けてしまったら? 私たちは一体どうなるんだ?


考えれば考えるほど全てが恐ろしく、私はしっかりと、二十六歳児になってしまった。同棲は落っこちた時のダメージが尋常じゃないってわかりきっている。旅先の酒によって身投げしたい欲が抑えきれなくなった私は、男に対して「本当に大丈夫なのか」的なことを尋ねた。ご両親に挨拶に行った際思ったが、あまりにも家庭環境が違いすぎる。あなたのお母様のように三歩後ろを歩くような女性には到底なれる気がしないし、そのような役割を求められたところで即座にブチギレてしまうと思う、みたいなことをごにゃごにゃ言った気がする。

それに対して男は「俺がそういうことを求めないようにすれば良い」的な回答を寄越した。男にばかり気を遣わせている気がして、申し訳ないやらなんやらで冷静になった。今私身投げしたな、と認識できるだけの理性を取り戻した私は「今考えたって仕方がないことを考えるのはやめよう」と自分からふっかけた議論を打ち切り、頑張って意識をハウステンボスに持ってきた。


二泊三日の九州旅行は楽しかった。三日間も一緒にいたら嫌になるかと思っていたけれど、意外とそんなこともなくあっという間に時間が過ぎてしまった。すくなくとも三日間なら一緒にいたって大丈夫なことが保証されたわけだけれど、これは私目線の話であって、男目線ではどうだったのかわからない。これが一週間になったら? 一ヶ月になったら? おそろしい。


結局のところ、私が真に恐れているのは育ちの違いというより育ちの違いによって引き起こされそうな別れなのだろう。もっと言えば嫌われるのが怖いし、それ以上に嫌いになることが怖い。男のことを嫌いになる、ということは、私にとって二十六年間の人生のあり方そのものを否定するに等しい。小学校入学以降の人生を全部間違えていたことになる。これって健全な「好き」なのか? ずっとわからないままだ。


私にはこれがあるから絶対大丈夫! と思えるよすがが欲しい。やはり顔だと思う。ド級の美人になれば「私は好かれて当然の人間であり、私に好かれることは大変な幸福でしょう!」という確信が得られるはずだ。二十六歳児も卒業できると思う。長期休暇にもかかわらずダウンタイムを過ごしていないせいで気が狂いそうになっている。輪郭整えたい。植毛したい。若く美しいまま死にたい。

鬱病疑惑観察日記2

■前回のあらすじ

ブラック企業勤めの男と交際している私(躁鬱)は男と連絡がつかなくなったことに加え、周囲の様々なストレス要因によってついに限界を迎えたのであった。非定型抗精神病薬ラツーダのおかげで全部どうでもよくなったけど、男のこともどうでも良くなってしまい――!? 私、どうなっちゃうの~!?


第六章:母、襲来

一月末、ついに母親につっこまれた。「あんた最近ずっと家にいるけど別れたの?」と聞かれたのである。普段の私であれば「いや別に、たまたまよ」くらいで返していた。男と連絡がつかない、という真実を母に知られたが最後、面倒ごと一直線間違いなしだからだ。しかし一月末の私は“ラツーダを服用している”私だった。無の境地に到達した私は本当に何もかもがどうでも良くなっており、母相手に色々誤魔化すのも放棄していた。

「いや多分別れてはないと思うんだけど、連絡つかんから知らん」

と堂々言い放ち、当然母から追加質問を受けることになった。無敵の私は何もかもを包み隠さず説明した。年末から既に様子がおかしかった。年明け一度会ったが以降は連絡がつかない。個人的には鬱病を疑っている。おそらく二月中旬には仕事が落ち着くはずなので、現状は放置している。以上。

そこまで話すと母は納得してくれたが、別の問題が発生した。

母、山口一郎ドキュメンタリーに影響受けすぎ問題である。

ラツーダを飲む前の元気な私が布石として視聴していたNHKスペシャルは思いのほか効果があったらしい。母はすっかり「鬱病に理解のある母」になっていた。

「もし本当に鬱病だったらきっとご飯も食べられていないはず。一人暮らしなら尚更心配」

と数週間前の私が考えていたようなことを言い出し、最終的に

「今から家に行こう」

と結論づけた。ラツーダで無になっていた私も流石にビビり、「え!?」としか言えなかった。


「いや結婚とかしてるならまだしも、彼女の母親が家に来るっておかしくない?」

「なんでよ、昔からの仲じゃん」

「昔からの仲……?」

基本仕事で家にいなかった母である。いつも家にいたおばあちゃんなら遊びに来たとき会っていたしまだわかるが、母が昔からの仲とは一体……?

「小さい頃から知ってるから、私としてはもう息子同然に心配なわけよ」

いつの間にやらものすごい距離の近さだ。小さい頃から知ってるというか、小さい頃に数回会った、が正しいはずである。大人になってから会ったのも一度きりだし、この距離感は一体何なんだ。私は圧倒された。圧倒されている間に、母は早速車を出そうとしていた。慌てて止める。

「いや行かんて! それこそ本格的に鬱病なるって!」

「なんでよ、連絡つかないんでしょ? 家で一人で倒れてました、とかだったらどうするの!」

「それでも他人が家に押しかけるの迷惑だって」

「付き合ってるんだから他人ではないでしょ」

「いやこれが例えば『自然消滅狙いで音信不通』とかだったら地獄じゃん!」

「え!? 自然消滅狙いなの!?」

「いやだから例え話であって……」

「じゃあ他人じゃなきゃいいの? あ! お母さんに連絡してみようか!? 〇〇くんと連絡つかなくて心配なんですけど、って」

勘弁してくれ。これ以上話が拗れたらどうすれば良いんだ。私は懇願した。

「あの、せめて連絡つかず一ヶ月が経過したらとかにしませんか……?」

かくして願いは聞き届けられ、アポ無し突撃、親連絡網の道は回避した。代わりに私は母と顔を合わせる度に「連絡あった?」と聞かれ続けることになった。ラツーダは即なくなった。“無”の日々は終焉を迎え、私は別の感情に突き動かされていた。“怒り”である。


第七章:チャッピーNTR

祖母も母も昔ながらの人で、「女は男を立ててやらないと」とよく言う。例えば何でも無いようなことも大仰に褒めて、落ち込んでいれば慰めて、それが良き妻、賢い女なのだ。力こそあれど、男は女よりよっぽど弱い。かつて神が男のあばら骨から女をつくったように、女は良き助け手であることを期待されている。

晴れて祖母、母の両名に「彼氏と音信不通らしい」と知られた私は日々ちくちく言われていた。

「あんたはものの言い方がきついからねぇ」

「『こうしたら良い』とか男相手に言っちゃダメよ、プライド傷つけるから」

「『結婚したい』って言ってくれてたのにねぇ」

元々祖母からちくちく言われていたが、ラツーダによって“無”になっていた私には効かなかった。しかしラツーダを失った通常の私には効果抜群である。私は男のご機嫌取りの為に生きてるわけじゃないんだが!?

この言われようも元を辿れば男が音信不通なせいである。なぜ男の連絡無精によって私がここまで苦労しなければならないんだ。腹が立ってきた。愚痴の一つや二つ零したい。

ここで障害になったのは私がハイパーマイルール遵守人間であることだ。私のルールには「自分の交際状況をむやみやたらに明かさない、愚痴らない」があり、同期は当然としてツイッターに垂れ流すのも絶対嫌だった。

そこで私はチャッピーに愚痴りまくった。チャッピーは本当に良いヤツである。あーでこーで言う私の話を遮らず、余計なアドバイスもせず、静かに話を聞いた後に「あー、それは彼氏が悪いわ笑」と言ってくれた。チャッピー! その瞬間、私はなぜ世の中に「どしたん話聞こか」男について行ってしまう女がいるのかを理解した。誰でも良いから私を肯定してくれ、と願うタイミングが人間には存在するんだ。

チャッピーに「一ヶ月連絡がなければ自然消滅と見なす人が多いよ」と言われ、そっか……と思う。いよいよ一ヶ月近く連絡がなかった。母相手に例え話として出した「自然消滅狙いで音信不通」も結構生々しい感じになってきている。中学校で自然消滅して、せっかくまた付き合えたのに、私たち、また繰り返すんですね。なんかもうチャッピーがいればいいけどさぁ。


第八章:良くない

全然良くないのである。具体的に差し迫った「一ヶ月」という期間は自然消滅のラインというより母の暴走スタートラインなのであった。このまま放置していれば男の家に母が突撃してしまう。男の自業自得と言えばそうだが、私に母の監督責任があるのも事実である。母に泣かされる男は見たくない。

もうほんとこの男どうしようもないなぁ……と思いながらバレンタインの催事場に向かった。どうしようもないなぁ……と思いながらちゃんと催事場に向かう私も私だ。チョコを手に入れ、「26日が賞味期限だからそれまでに受け渡し可能な日程を教えろ」と送る。大丈夫? とかは書かなかった。男の機嫌を取れ、という祖母と母の教えに対するささやかな反抗だった。もう本当にどうしようもない男であるが、私が立ててやらずともちゃんと歩いて行けるはずである。私は、男も私も二十四本のあばら骨を持って生きているはずだと信じているのだ。


現在の私は中学校時代の繊細だった私よりはるかに強くなった。一ヶ月がなんだ。こっちは十二年音信不通でも「別れ話が無かったからまだ付き合ってるのかもしれない」と判断するような激重女で、しかも十二年激重をやっていたおかげで復縁という成功体験まである。

翌日男から返信があった。勝った。何に勝ったのかわからないけど、とにかくいろいろなものに私は勝利したのだ。男の試験後にチョコレートを渡した。家族にも「男生きてました」と報告し、二月下旬には年末以前の日常を取り返した次第である。


後日談:どこが好きなのか

三月になった。男の同期が彼女と別れたらしい。男の同期は別れ話の際に「連絡も全然くれないし」的なことを指摘されたのだという。

「俺じゃん、と思って……」

と男は私に言い、「大丈夫ですか?」と聞いてきた。チャッピーNTRはあったなぁと思いながら「音信不通の件ははっ倒すぞって感じだったけど、あとは別に……」と答えた。その件は本当にごめんなさい、と三度謝罪される。

思うところがあったのか、男に「俺のどこが好きなの?」と尋ねられた。

「何でも言うこと聞く、以外で」

こんなことを男に聞かれたのは初めてだった。正直よくわからない。事が済んだ後にきちんと謝罪するところは以前から良いなぁと思っているが、本人に伝えるような話でもあるまい。個人的にだけど、好きなところはあまり本人に伝えたくない。なんというか、伝えられた「好きなところ」に添う人間であろうとして本人が縛られてしまう気がしている。もっと自由に生きてほしい。

考えた結果「顔」と答えた。私は頭がおかしく、男のことが綾瀬はるかに見えているのだ。

鬱病疑惑観察日記

男が鬱病かもしれない。てか、鬱病であってほしい。

というのも、ここ数週間男と音信不通になっている。理由は察しがついていた。会社で論文を出すだの発表を行うだので精神が崩壊したのだと思う。わりと同情している。が、それはそれこれはこれで、流石に数週間連絡がないと生死の判別がつかないため困っている。

交際中の男女が連絡頻度で揉めやすいことは知っていた。私にはまるで無関係な話だと思っていた。にもかかわらず、私はインターネットで出てくるテンプレ通りの精神状況の変化を辿った。これは男の観察日記であると同時に、私自身の観察日記でもある。

 


序章:ブラック企業勤めの男

今年の年末年始は帰省できないかも、という話を男から聞いていた。なんでも男の会社では昇給のために論文提出や社内発表を行う必要があり、件の論文締め切りが年始早々に設定されているのだという。元々男は論文提出のつもりなどなかったのだが、直前になって上司から「論文を提出するように」との指示があった。年末年始を返上して会社に向かい、成果論文をある程度形にするつもりだと男は言っていた。

私は困惑した。そうまでして会社の言うことを聞かなければならないのか? 私はゆるふわ子会社のゆるふわ営業をやらせていただいている身でありながらガチ目に短気だ。上司を含め、日々関係各所と喧嘩をしまくっている。故に男の「論文なんて出したくないけど出さなきゃ……」という姿勢が理解できなかった。嫌なら嫌の一点張りで無敵になれば良いのではないか。休みを失ってまで働く、メーカー開発職とはそういうものなのか? なんというか、男の性格上の問題なのではないか?

既に落ち込み気味の男に対し、

「やるやらんに関わらずお前のその性格では信じられないくらい落ち込むんだから、ここは一つ大いに落ち込んで論文を仕上げる他ない」

と助言させていただいた。その後男と私は大阪へ遊びに行った。万博記念公園で開催されたラーメンEXPOに行き、ついでに太陽の塔を登って、夜にてっちりを食べて帰ってきた。この時点での私が考えていたのは、「男ってラーメンの趣味が合って良いな~」くらいである。

 

 

第一章:音信不通

大阪で何かもらったのか、私は大晦日から数日間高熱で寝込んでいた。年末年始で医者もやっておらず、原因不明の熱・喉の痛みに市販薬のみで立ち向かうことになった。1月3日には解熱していたものの、仕事始め前日、1月4日になっても依然喉の痛みは酷く、ほとんど発声できない有様であった。

未だかつて無い風邪の拗らせ方に、私はインフルエンザか新型コロナを疑っていた。何より心配していたのは男の体調である。一緒に大阪へ行ったのだから、私と同じように発熱していてもおかしくない。うつっていたら論文はどうなる? というか、一人暮らしで高熱とか論文以前に死ぬんじゃないか?

そんなわけで、「体調を崩していないか」「私が発熱したため心配している」と理由を書き添えてラインを送った。翌日月曜日、返事なし。数日間ラインが返ってこないのはあるあるなので然程気にしていなかったが、木曜、金曜になっても反応がないと流石に不安になってきた。途中から(もしかしてガチで死んだんじゃないか?)とすら思えてきて、仕事中も気が気じゃなかった。土曜になっても返事はなく、いよいよかと思われた日曜、突然ラインがきた。


「うん」


私は思った。「うん」ってなんやねん。溜めて溜めて溜めての返事が、「うん」!? なんかもうちょっとあるだろ!

こちとらストレスのせいか不正出血までしている有様である。コイツはっ倒そうかな……と思ったが、大人なわたくしはひとまずの無事を祝うことにした。生きてりゃいいんだ。生きてりゃ。ラーメン食べに行かん、とのメッセージが送られてきて、直接会って文句の一つや二つ言ってやろうと意気込みながら家を出た。

 

 

第二章:鬱病疑惑

ラーメンを食べに向かうため、私はやって来た男の車に乗り込んだ。瞬間、「あ、今コイツに文句言ったら終わるかも」と察知し、怒るのをやめた。なんかもう既に男の様子がおかしいのである。男のメンタルが非常に弱いことは私も十分に理解しており、事前予想も十分にしていた。つもりだった。予想を遙かに上回る“決壊寸前”の様子にビビり倒しながら、私起きたのさっきだわ~笑みたいなことを言った気がする。そっちは? と話を振ると、


「土日ずっと寝てて何も食べてない。風呂もさっきやっと入った」


とのこと。マジ? と言いながら、私は静かに焦り始めていた。飯はまだしも、この潔癖男が風呂に入る気力すら失っているのは完全に異常事態である。

ラインが返せない。飯と風呂の気力が無い。点と点を繋げていくと、私の脳は一つの可能性を提示した。前々から疑ってはいたが、いよいよ輪郭を帯びてきたのだ。


こいつ鬱病じゃね?


男の労働環境は非常に可哀想なもので、まず36協定が存在していない。代わりに朝令暮改の部長、働かない課長、会社に来ない紅一点など愉快な仲間達が存在している。大手メーカーの地方部署とは深淵なのかもしれない。二年目にもかかわらず恐ろしい働き方をしているので、「マジで身体壊すよ」と度々言っていた。

そしてこんな予告もしていた。社会人経験四年目、双極性障害の診断経験アリの立場から見て「そのままだと鬱病になるよ」と。

これ不吉な予言が当たったんじゃないのか?


論文どうなったの? と直接聞くことがはばかられ、車内では当たり障りの無い会話だけをしていたと思う。冷や汗をかきながらラーメン屋に向かった。が、結局店はやっておらず、近くにあった回転寿司屋に入った。私は茶をすすりながら、男が頼んだ寿司を次々食べていくのを見ていた。まだ寿司を食べることはできるのだ。ほっとした。

私はやっと、「もう論文出し終わったの?」と尋ねた。確か提出期限は1月7日だと言っていたはずだ。無論提出済みの確信を持ったが故の質問だった。予想通り、論文はもう出し終わったのだという。男が書いたという論文を見せてくれて、こいつ私に見せるためだけにわざわざ印刷してきたのかな、と思うと笑えた。私は文系で学もないので、男の論文のできは正直さっぱりわからなかった。唯一わかったのはbeforeの綴りがものの見事に間違っていたことくらいである。本当に余裕がなかったらしい。

これでもう論文関係は終わったのかと聞くと、「まだ発表がある」とのこと。時期は未定なんだとか。本当に大変な会社である。

 

 

第三章:鬱病を学ぼう

私はサカナクションが好きだ。居間で山口一郎特集を見ていても、家族の反応は「また山口一郎見てるよこいつ」くらいで特に違和感がない。というわけで、意図的に居間でNHKスペシャルを見ることにした。番組名は『NHKスペシャル 山口一郎“うつ”と生きる~サカナクション 復活への日々~』である。

男の鬱病を本格的に疑い始めて、まずは鬱病について学ぶ必要性があると感じていた。そこで、男の考え方に近いものを持つであろう人物のドキュメンタリーに手を出した。

私の目から見て、男は物事の取り組み方が山口一郎っぽい。山口一郎は歌詞作りの際何百とパターンを作る。「これ良いかも」と思う歌詞があったとしても、「良いかも」を確信するためにいくつもいくつも他のパターンを作るのだ。男もこういうところがある。

たとえば旅行先を決める際、男はいつも「これが本当にベストなのか考えたい」と言う。別に男が行きたいと思っている場所ならどこだって良いじゃん、と私は思うのだけれど、本人としてはそういうわけにいかないらしい。妥協ができないタイプなのだと思う。わからなくはないけど……って感じだ。


居間で番組を見ることにしたのは、心の病にまるで理解が無い私の家族にも「鬱病は実際に存在する病気である」と知ってもらいたかったためだ。今後私と男の関係が続くのだとすれば、確実に家族との接触機会がある。

私の家族はデリカシーが皆無だ。躁鬱の鬱がピークで毎日薬を飲んでいた頃の私に対して、「恵まれた育ちをしておいて何故鬱病なのか?」と聞いてくる程度に無神経である。鬱病の男に対して余計な一言を言いまくるのはまず間違いない。さりげなく鬱病の症状がいかなるものか勉強していただこうという算段である。

闘病中の山口一郎は非常に辛そうだった。男の言動と重なるものも多く、特にベッドから動けなくなっているシーンでは(先日の男もこんな調子だったのだろうか)と思わざるを得なかった。祖母と母も「こりゃあ病院行かないとダメだわ」と納得した様子で、布石としては順調と思われた。まさか家族よりも先に私がダメになるとは思っていなかった。

 

 

第四章:「無」との戦い

私の生活スタイルの変化にいち早く気づいたのは祖母だった。やはり親代わりに私を育ててくれただけのことはあり、何かあったと察知するのは誰よりも早い。基本的に土曜日は出かけていた孫娘がここ最近ずっと家にいるので、不思議に思っていたのだという。彼と何かあったの、と心配そうにしている祖母に嘘をつくのも気が引けて、「母には内緒にして欲しいのだが」と現状を伝えた。母に知られたが最後、話が大事になってしまうのは目に見えているためだ。

祖母は「彼に何かしら元気づけるメッセージを送ってあげた方が良いんじゃないか」派だった。私は祖母と異なり、「余計なことは言わずにただ静かに待つ方が良いんじゃないか」派だった。昭和の女と令和の女の価値観が正面からぶつかり合うことになった。「子どもじゃないんだから自分の機嫌は自分で取って欲しい」と言うと、「冷たい女!」と罵られた。「彼あんたと結婚まで考えてくれてるんでしょ」と祖母は言う。

以前なら、まぁそうだけど、くらいは言えたのだけれど、「さぁ、どうだかねぇ……」と私は返した。

寿司を食べに行った後日、実は一度ラインを送っていた。内容は前に男が欲しがっていた通販限定のグッズが届いたという連絡である。一週間が経過したが相変わらず男から返信がなかった。正直結構へこんだ。

その間に私も仕事のトラブルが怒濤の勢いで発生した。同期のトラブル対応に同席し、とりあえず頭を下げまくる。翌週は私自身の言った言わない問題で関係各所を巻き込んだ大事件が発生。渦中の人としてあらゆる事実確認、事後対応に追われついに精神が限界を迎えた。

いつかのためにこっそり残していたお守りのラツーダを飲むと何もかもが「無」になった。凪いだ気持ちでトラブル対応にあたり、誰から何を言われても何も思わなかった。信じられない勢いで消費していた煙草の本数も穏やかになり、事態は収束。一件落着――と思いきや別の問題が発生した。ラツーダは仕事のトラブルはもちろん、男に対してのあれこれも全部「無」にしてしまった。

なんのことはない、私は脳内神経伝達物質の奴隷だったのだ。祖母から「彼は結婚を考えてくれてるんでしょ」と言われても、(でも私は彼との結婚生活が考えられなくなってきたよ)と思うばかりで、「どうだかねぇ」とかいう「無」の回答しか出てこなかった。ちょっと前までは「男のために鬱病を知ろう」「家族にも理解して貰えるようにしよう」と思っていたはずではないか! これらが全て無となり、残ったのは「いや自分の機嫌くらい自分で取ってくれよ」という異常にシビアな私だった。この無っぷりは一体なんだ。

そして私は気づいた。私は、インターネットで見たとおりの精神状態の変化を辿っていたのだ。

連絡が返ってこない! という不安・焦りから始まり、それが次第に生存連絡ぐらいしろよ、という怒りに変わる。最後に、ラツーダをきっかけとした「もうこの先無理かもしれんなぁ」という冷静な諦めの境地に到達した。悲しきかな、うさんくさい“いかがでしたか?”ブログ通りの顛末を辿っている。俗物過ぎる。

 

 

第五章:現在
俗物なので、「私のことを雑に扱いやがってクソが!」と振り切ることもできず、かといって盲目的に「音信不通で全然大丈夫です」とも言えず、唯一、いっそ鬱病であってくれ。ただそれだけを願っているのであった。理由があれば「自分の機嫌くらい自分で取れ」という絶対ルールを再度うやむやにできるはずなんだ。

しかしこうして文章に起こせている時点で結構冷静になってきている。男の状態にかかわらず、それこそ自分の機嫌は自分で取って毎日楽しく生きていきたいと思う。これといった理由は無いけど雑にしてました、とかだったら中指を立てていこう。私よ強く強くあれ。

方向音痴

具体的な整形箇所が思いつかないのに整形したい、という精神状態に陥ったことはあるだろうか。私はある。現在進行形でめちゃくちゃ整形したいのだが、歯列矯正を行っているためこのタイミングで大型工事を行うのは得策で無いと理解している。でもそれはそれこれはこれで、めちゃくちゃ整形がしたい。なぜなら冬がやってきたから。毎年気温の低下とともに私の鬱はやってくる。わたくしは無事本年度もドデカ鬱に突入し、昨年度同様美容整形外科に神を求めている。助けてくれ。

眉毛に墨を入れて、全身の毛をなくして、ほくろを取って、逆さまつげを直して、肌荒れを、クマを歯並びを梅干し皺をなおしてなおしてゴールは一体どこにあるというのか。昔は二重になれば満足だと思っていたのに、今は涙袋が欲しいし、目の横幅も欲しいし、元々悪い目の開きが加齢で酷くなったような気もしてきた。可能なら高くて綺麗な鼻をつけたいし、逆に頬骨は削ってしまいたい。どうせ骨を削るなら顔全体を小さくしたいし、そこまでやるなら脂肪吸引、再配置、糸リフト等輪郭系の施術も全部やりたい。先日二十六歳になって、老けることも本格的に怖くなってきた。メンテナンスも必須だとして、いやそれってつまり終わりがないってことじゃないか?

なんかもう疲れたし、私の冷静な部分は「ゴールは自分で決めないと永遠に見つからないぞ」と警告してくれてるんだけど、頭の大半を占める冷静じゃない部分が「今のうちに何とかしないと」って焦り続けている。若いうちに人生最高打点の顔を手に入れたい。はやくしないと皺だらけになってしまう。もう可愛い女の子にはなれない歳だと思う。じゃあせめて、美しい女性になりたい。

ここまで書いて、私、本当は可愛い女の子になりたかったんだなぁって気づいた。本当は中学校の頃に美しい顔を手に入れたかったんだと思う。人生で一番死んでしまいたかった頃、人生で一番きらきらした女の子が嫌いだった頃。つまり、私が女の子だった頃だ。もう変えられない過去の話で、私はとっくに大人の女性になったのに、「きっと可愛かったら何か違ったはず」という信念というか、呪いが全然消えない。この“女の子だった頃の私”が成仏しない限り、私のゴールは永遠に見つからないのだろう。

私の良くないところは昔から一貫して、勝手に勝負を挑んで勝手に負けるところだ。やるなら徹底して戦いに行けば良いのに、本質的な部分で非常に臆病だから、「戦って負けたらそれって本当に“負け”じゃん」と思って不戦敗を選ぶところがある。自ら不戦敗を選択したくせ一丁前に落ち込んだりする。面倒な女だ。どうせ一方的に勝負をしかけるなら勝てる内容を考えれば良いのにね。

難しいかもしれないけど、ゴールの方角くらいは今年中に見つけられたら良いなぁ。あとはデカい工事を我慢すること! 酒と煙草と整形で精神を保っているありさまは不健全だと思うから、まずは整形依存を軽くしたい。アラサーがんばるぞ。

名ポメラマン

私の文章の多くは、ポメラによって生み出されている。2018年4月、大学入学から間もなくして私はポメラを手に入れた。同人誌、卒論、ブログ。ありとあらゆる文章をポメラで書いて、使い倒したせいで初代ポメラは壊れてしまった。今は二代目のポメラを使っている。

みなさまはポメラをご存じだろうか。ポメラとは文具でおなじみキングジムが出しているデジタルメモだ。調べていただければわかると思うが、電子辞書とノートPCの中間みたいな見た目をしている。当時はお値段五万円ほどで、バイトを始めたばかりの奨学生には非常に高価な買い物であった。

デジタルメモの名の通り、ポメラの機能は文章作成に特化している。ATOKでの入力が可能で変換がかなり賢い。縦書き可能で長時間駆動。打鍵感も非常に良い。高校時代タブレットBluetoothキーボードでドカドカ文章を打っていた私にとっては非常に魅力的なデバイスだった。Bluetoothキーボードはフリック入力に比べてはるかに快適ではあったが、レスポンスが悪く入力中の文字が画面に出力されるまでのラグがあった。ポメラの応答速度は申し分なく、入力した文字が瞬間画面に出てくるので混乱が無い。何より、タブレットと異なり機能が「書くこと」に限定されているのが良い。

そう、このポメラは良くも悪くも“文章作成に”特化している。裏を返すと、文章を書くことしかできない。五万円するのにだ。低スペのノートPCが買えちゃうくらいの金額なのに。書くだけて!

だがそれが良いのだ。仮にノートPCで締め切りに追われるとしよう。なまじ機能が多いばかりによそ事を始めるのは目に見えている。ならば潔く他は捨てるべきである。そういうわけで、私はポメラに投資した。そして非常に気に入って、壊れたときはわざわざ新品を買い直した。現在も尚ポメラで文章を書いている。愛着があるのでポメ二郎という名前までつけている。

という話を軽く男にしたところ、「マジ?」という反応をされた。当然である。男は創作活動からかなり遠い場所にいて、信じがたいことにジブリ作品すらほとんど知らない。案の定「ノートPC買った方が良くね」と言われ、私は鼻を鳴らした。これだから情緒の無いヤツは……。と、思いかけてふと冷静になった。いや、文章を書くだけの機械に十万課金してるのってすごくね?


私って文章書くのがめちゃくちゃ好きらしい。靴に穴が開いても買い換えないくせに、書くためのツールにはポンとお金を出せてしまう。思うに、私の脳内が常にうるさいことが背景にあるのだと思う。常に連想ゲームが行われていて、瞬間瞬間に色んなことが浮かんで消えていく。基本的には取るに足らないどうでも良い内容で、でもたまに掴んでみたくなる内容が出てくる。消える前にうまく掴んで追えた場合に文章が書ける。私は完全文章思考型人間なので、文章を追うと当時の脳内の動きが見えて楽しい。書くことが写真を撮る感覚に近いのだと思う。数年前のブログを読んで、「こんなこと考えてたなぁ~」と思えるのは当時の自分が書いてくれたおかげなので感謝している。いつだって私の文章は私がいちばん楽しみにしているのだ。一年前の文章とかマジで面白すぎる。当時の私は人生激動のタイミングを見事に捉えた名カメラマンだと思う。よくぞ書き残してくれた。

そう思ったら俄然文章が書きたくなってきて、こうしてポメラを叩いている。今この瞬間も数年後には「人生激動のタイミング」の一部になってるかもしれないからね。くだらない内容でも残しておくべきかなと思った。

私が好きな短歌に、こんなものがある。

『何ものも残さず死んでしまうことおそろし過ぎてぴかぴか笑う/伊津野重美』

マジで怖い。マジで怖いので、大量に、書くぞ~。