√3は3の倍数である

数弱は焦っていた。テスト終了まで、残り時間はわずか。依然として埋まらない解答欄。何か、何か書かなくては。数弱は、無心でシャープペンシルを走らせた。最後の気力を振り絞る。そこでテスト終了を告げるチャイムが鳴り響いた。——やりきった。白い解答欄の中で、『n=√3α(αは整数)よりnは必ず3の倍数となる』、この文字列が一際輝いていた。

短編小説『俺とクソ客』

 ヤツと出会ったのは、そうだな。あれは確か、バイト先のコンビニがクジで商品引き換えキャンペーンを行っていた頃だ。丁度、ハリセンボンの「良い部屋チャンス」が店内に流れていた──。

 

 当時業務に慣れていなかった俺は、ただでさえいっぱいいっぱいレジ打ちに加えて、「客の持ってきたクジの引き換え商品を店内から走り回って見つける」という作業に疲れ果てていた。気力も、体力も、限界だった。分かりやすく注意力は散漫になっいた。今思えば、それがいけなかった。

 カゴいっぱいに商品を詰めた男だった。この忙しいときに、なんて厄介なのだろう。俺はちらりと男の顔を観察する。嫌いなタイプだ。丸顔に、キョトンとしたしじみのような黒目。一見して、中国人なのだろうか、と思った。

 俺は笑顔を浮かべ、商品のバーコードを読み取っていく。

すると、何やら財布を弄っていた男が大量の用紙を俺に突きつけた。一体なんだ。一抹の不安を覚えながら、俺は紙の束を受け取った。見覚えのある形状だった。

「こちら全てこの場で引換されますか」

 我ながら、声が震えなかったのはよくやったと思う。案の定、渡された紙の束は全て引換券だった。

 俺は店内を駆け回った。レジ列は伸びていく一方だった。男は悪びれる様子もなく、さも人畜無害です、というような表情で、キョトンとした小さな目を、空に投げていた。

死んで欲しいと思った。今この瞬間ばかりは、それが正義だと思った。俺は男を呪った。心から、呪った。

 必死に引換商品を店舗からかき集めてきた俺は、やっとの思いで会計を終わらせた。レシートにはくじ引き回数の目印である、桜の花びらが5枚表示されていた。俺は男に5回くじを引くように促した。当たるな、と唱え続けた。

「っていうか7回引けますよね」

 結果として男はくじを当てに当てた。

 しかも俺のミスまで指摘しやがった。ちくしょう、くじを引く回数が5回以上になるとレシートには表示されなくなるらしいのだ。気がつかなかった。クソ客にミスまで指摘され、俺はあまりの悔しさに酒瓶を逆手で掴みかけた。殴り倒してやろうか本気で悩んだ。

今回当てた分のくじも引換させて、やっと男は去って行った。

 俺にとって、もっとも思い出したくない客の一人だ。しかし、男は必ず来る。必ずカゴをいっぱいにして、あのキョトンとした顔をしながら、レジ前に居座り行列の起点となる。

 もう顔を見るだけでイライラする。しかしバイトの最中だけ我慢すれば良いのだ。俺は大人になった。クソ客をこうしてネタにすることだって出来る。

 

 ある日、俺は部活に参加していた。バイトを始めて、音楽は心を癒してくれるということを学んだ。だから、部活は好きだった。

「今日から新しい人が来るから」

 先輩に紹介された男を見て、俺は驚愕した。クソ客に瓜二つの顔をした男が、そこには立っていたのだ。

 

 

 

関係ないんですけど、先週の執行されて風見の女になり気が狂った状態で書いたオタク・ブログがありがたいことにはてなブログさんにまとめられたみたいです。今回の更新の為にアプリ立ち上げて気が付きました。

は? あまりの羞恥にのたうち回っている、何? 人生がピエロ芸なんだけど……

ゼロの執行人を観た

 劇場版名探偵コナンゼロの執行人を観てきた。
 本作の評判はTwitterの口コミなどで把握していた。曰く、「日本になって安室透に抱かれる」とのこと。おいおい、何を言っているんだ。オタク特有の語彙力大爆発だろう。そう思っていたものの、Twitterでも評判は右肩上がりだ。驚くべきスピードで、タイムラインには「安室の女」が増えていく。これは私も一度観てみるか、と重い腰を上げ、この度劇場へと足を運んだ。
 月曜の午後七時を過ぎていたにもかかわらず、劇場は案外賑わっていた。大学帰り、一人きりでのこのこ執行されに来てしまったオタクが、周囲に怯えていたことは言うまでも無いだろう。
 とはいえ、近くの席の女性二人組は完全にオタクだった。会話の節々から察するに、どうやら二度目の執行らしい。
「日本になる」
 そんなパワーワードが飛び交っているのだ。十中八九オタクだろう。非常に信頼できる。私は一人ポップコーンを貪りながら上映開始を待った。

 さて、結果としてオタクがどうなったかというと、日本になった。
 ここで読者諸君に謝らなければならないのは、これまで私が喪女詐欺をしてきてしまった、といいうことだ。私は日本として既に安室透に抱かれた身だったのである。恋人がいない、などと長年嘘をついていたことになる。この点については大変申し訳ない。
 ただし、思い出してほしい。読者諸君が日本国民である限り、読者諸君もまた、安室透の恋人なのである。誰しもが安室透の恋人であると主張することが可能なのだ。それは逆説的に見て、安室透は誰のものでもない、ということなのかもしれない。けれど、この安室透哲学は私の専門外なので割愛させていただく。詳しくはこの安室透哲学を主張した友人にまかせることにしよう。
 そんなわけで、私は安室透の女として映画館を後にした。安室透の女としての誇り、日本国民としての誇り、満たされていく自尊心……。
 こころなしか、映画を観る前よりも肌につやがある。心も体もかろやかだ。女性としての尊厳を一気に取り戻した気分であった。私は実に満足な気持ちでTwitterを開き、安室の女としてのツイートを繰り返していた。
 ところがその時である。「奴」が来たのだ。
 そう、奴は私の心に巣くっている。長年私を支配し続けている、化け物と言って差し支えないだろう。奴は一度暴れ始めると、もう誰にも手がつけられなくなるのだ。一人の女性としての私は奴に食い殺され、残ったのは屍のような喪女と、恐ろしいまでの欲望であった。以来、私は欲望のままに這いずり回るリビング・デッドとしての人生を余儀なくされてきた。
 一時的にでも、そんな欲から解放され、一人の女性としての喜びを謳歌したのだ。けれど、奴は私を簡単に解放するようなマネはしない。逃げ切れないところまで泳がせておいて、一気に畳みかけてくる。年相応の女性としての私は、追い詰められていることにさえも、死を迎えるその瞬間まで気がつくことがないのだ。
 回りくどい言い方になってしまったが、要するに、腐女子魂によって風見裕也に落ちた。
 風見裕也は最高の男である。
 風見裕也は三〇歳の公安眼鏡エリート。職務に忠実、日本を抱いた男の右腕、なんとなく不憫、等を始めとしたバクモエ要素の塊である。意味分からん。全くのノーマークだったのに突然出てきて突然フジョシ・ソウルを揺さぶってくるんだからたまったものではない。目つき悪いね! かわいいよ!
 安室透や江戸川コナンなど、人間離れした能力を持った輩の中では、彼はなんだか凡才に見える。事実として、彼は天才というより、秀才なのだと思う。
 そこが最高なんですわ。そこが良いんですわ。
 年下の上司相手にも謙虚だし、人間離れしたやつら相手にも人間らしく必死に食らいついていく。何? 応援したくなっちゃうじゃん……。
 ネタバレになるからあんまり詳しくはいえないんだけど、あの不器用な感じね! 女心分からなさそうなあの感じね! でもどこまでも誠実なんだ……たまらねぇ…………
 そういうわけで、劇場版名探偵コナンゼロの執行人は安室透以外にも魅力的なキャラクターがわんさかいる。おっちゃんもかっこいい。みんなかっこいい。それぞれの正義を見届けてほしい。
 ゼロの執行人、風見裕也をよろしくお願いいたします。

忘備録

さんざんコミュ障だの友達がいないだの言ってきたが、こんな私にも友人は存在する。

小学校時代はクラスが少なかったこともあり、自分がコミュ障だと気づかないくらいだった。

そんな友人との思い出を、春休みでクソ暇なので振り返りたい。

 

さて、小学校では仲の良い男子がいた。今でも夢に出てくるくらいには仲が良かった。

過去形で書いているのはちょっと色々あって疎遠になってしまったからだ。悲しいね。

小学校時代の我々にはお気に入りの遊びがあった。手術ごっこである。

 

当時我々の学級では折り紙遊びがブームだった。

中でも花のようなコマを作ることができる人間は重宝された。花のコマを交換販売している人間もいたことを私は覚えている。

こちらは主に女子の担当だった。いかに美しい配色にするか、どれくらい長く回り続けることができるか、などが評価に繋がる。

 

対して男子に人気だったのはカエルだ。

いかに遠くまで飛ぶことができるか、が主に争点となり、度々カエル飛ばし大会が開催された。

とはいえ人差し指でちょんと押すだけだ。絵としては非常に地味だが、これが大変盛り上がる。

しばらくの間私もカエル飛ばし大会に熱狂した。

カエル制作の時点から戦いが始まっていることは明白だ。

大きさ、素材、折り目の付け方……

このような要素を組み合わせ、自分だけの最強のカエルを作り出す。

ちなみにカエルは消耗品だ。何度も飛ばしていると、飛ばすための「バネ」にあたる部分が弱くなる。

研究の結果、大きくすれば飛距離が伸びる、というわけではないことが判明した。案外小さい方がよく飛ぶのである。

 

こうして一大ブームを巻き起こしたカエルだったが、やはりそこは子供。すぐに飽きてしまう。

私も飽きてしまった一人だ。あんなにも熱中していたのに、一度熱が冷めると「いやカエルが飛ぼうがなんだろうがどうでもええわ」となってしまうのである。

大量に作られたカエルは、お道具箱の奥底に眠っていた。

 

そんな時編み出されたのが手術ごっこである。

これは当時私と仲の良かった男子が生み出した遊びだ。

折り紙で作られた生物をいかにグロテスクに手術して殺すか、というルールである。

設定としてはこうだ。

我々はガースー黒光り記念病院に勤務する医師。この病院には怪我や難病を患った様々な生物が運び込まれてくる。我々はメスを取り、この生物達に満足するまでめちゃくちゃな手術を施し、それから沈痛な面持ちで、

「……心肺停止です。患者は、死亡しました」

と言う。

 

今書き出してみると意味不明な遊びだが、これがまぁめちゃくちゃハマった。休み時間が待ち遠しくてたまらなかった。

そういうわけで、お道具箱の奥底に眠っていたカエル達は患者として手術された後に廃棄された。子供とは残酷な生き物だと思う。

 

しばらくすると手術ごっこにも飽きて刺激のない毎日を送りました。

しかしすぐに、エヴァの惨殺シーン無限再生という遊びを発見し、活気を取り戻します。

卒業

 高校を卒業した。
 信じられないことだが、もう三年間が経ってしまったらしい。

 私の高校生活というのは、それはもう、青春とは程遠い。
 彼氏もいないし、そもそも恋の気配すらない。勉強もできないし、友達もなかなかできない。ないない尽くしである。
 それでも、どうしてなかなか、私はこの三年間でかなり性格が変わったらしい。自分が全てにおいて底辺であることに対し、さほど悲観的ではなくなった。

 大学生になった私、社会人になった私、変わらずメンヘラであると思う。自殺しよ、とかほざいてる暇があったら何もかも投げ出して寝ろ。ホモを読め。

 卒業の話をするはずが己のメンヘラ談義になってしまった。というのも、卒業したという実感がないのである。
 そのうちまた、重い荷物を背負って、「絶起」とツイートをして、始業に間に合うように走っている気がする。授業は寝るか内職をするかで、テスト数日前になってやっと課題をやり始める。
 フードコートで暮らす。部員でもないのに音楽室に入り浸る。夜中まで通話をしながらラーメンを啜る。
 またそんな日々が始まるのではないか、と思っている。きっと大学でも私は底辺である。

 けれども、これからは別々の進路ですね。
 私はなんとか生きていこうと思います。
 時々会うくらいが丁度いいんじゃないかな、と思います。お互い新しい環境で頑張りましょう。
 三年間ありがとうございました。さらばだ底辺共、また会おう!

受験終わった

久しぶりだな諸君、私だ。底辺だ。
とはいえ私が想定するこのブログの読者諸君はまだ受験真っ只中だろう。

こんなクソ=ブログを読んでいないで入試に備えるんだ。
入試当日まで何もやらなかった人間が言う台詞ではない、分かっているとも。

 

しかしどうかこう考えて欲しい。A判定大学オッチからの言葉だと。

そうなのだ。人生で始めて私は入試というものに落ちたのだ。

読者諸君を安心させる為先に明言しておくが、行き先が全く無い、という事態には陥っていない。そこだけは安心して欲しい。

 

ただねぇ、落ちたんすわ。一校。ずっと判定良かったところ。

 

正直言って、多分受かってたところで入学はしなかったと思う。

いわゆる保険として受けた学校だったんですよ。
だから「別にどうってことないじゃん」って言われて仕方が無いんだけど、だけれども。

 

いやねぇ、キツイものがあった。

今となっては笑い話だし良い人生経験でしたね、って感じなんだけど。

大学入試が人生で初めて不合格通知を貰った場所です。記念だね。
一体全体何がキツかったのかと言うとね、
「空気」
これに尽きる。

 

私自身は不合格通知貰って爆笑した後にヤケクソでカラオケ熱唱をキメるような底辺。

だからケロッとしてたし「私を落とした大学はクソ!」って言ってたんだけど、帰宅して家族に報告してからが地獄ってもんよ。

 

家族みんな落ちた大学が一番判定良かった、って知ってたから私が「落ちた」って言ったら「あっ……」みたいな。
「あっ……」ってなんだよ。

(察し)が付いてるの分かるんだよなぁ。地獄やでほんま
家族が何を察したかってそりゃあ「大学全落ち」なわけですよ。
そして察した家族、その話に触れないように触れないように次の大学の合否発表があるまで過ごすのね。


これが一番精神的にきた、「落ちたの!?ほらもう勉強しないから!」って責められる方がマシだった……
私とは何でも言い合う仲の弟までもが私に気を遣っている様、本当に見ていられないものがあった
落ちた受験生の家族諸君はこれを見て振る舞いに気をつけるように。いいな!

 

こうして底辺は地獄の二日間を過ごしたのでした。
二日後に合格通知が来たので家族全員で「なんで落ちたんだよ!!!!!!!!!!」って叫んだよ。良かったね

 

んでこっからが面白いんだけど、合格通知来てわー良かったね、なんとか大学生になれるね、って言ってたそのまた二日後にもう一個合格通知が来た。
その合格通知送ってきた大学ってのが、模試とかでずっとE判定D判定だったところだったのね。

もう意味不明。河合塾を信用してはいけません。

 

こうして底辺はA判オッチD判合格というネタ性に溢れた称号を手にして、嬉々としてツイートをした。

ネタ性に溢れた受験生になれたことは、ツイッタラーとして何よりも誇らしい。

我らが顧問もD判逆転合格だって。すごいね。


一体何事か、と審議した結果我々D判合格組にはある共通点があった。

盆地のA判定をむしり取ってお守りにしていたのだ。

もう盆地に足向けて寝られない。ありがてぇありがてぇ


大学では文学部だよ。

学んだ知識をホモ本に活かすために選んだんだ。マジだよ。

ブログは今後もちょくちょく更新していくと思うのでよろしくお願いします。
国公立組、ほんとにあとちょっとだ、最後まで頑張ってくれよな。

終わったら私とカラオケに行こうね。

まだ生きています

11月になりましたね。教室から見える中庭の木はすっかり紅葉して、地面には沢山の枯葉が落ちています。
そんな風に秋も深まり、最近は寒いのでタイツばかり履いています。
タイツばかり履いていたら、某方に「オタク女は冬場タイツ履きがちだからすぐ見つけられる」等言われてウルッセーんじゃボケコラカスぶっっっっ殺すオタク女で〜〜〜す悪ぃか!!!!!!!!!!!!!!!!!といった気持ちになりました。つい怒りを覚えてしまうのも、最近の学校生活にはストレスしか溢れていませんから、仕方の無いことと言えます。
さて、受験生らしい話をしましょう。
センター試験までもう70日を切り、教室では休み時間中であっても静かに参考書を開く姿や、明日の予習に取り組む姿、勉強によって足りない睡眠時間を補うように、机に突っ伏す姿が見えるばかりです。かつてのような、黒板に落書きをしてげらげら笑う姿も、お菓子を分け合って談笑する姿も、もはや失われた産物であり、日常から淘汰されてしまったのです。
そんな「この時期らしい」教室で私が何をしているかというと、おかしなことに全く記憶がありません。
一切覚えていないのです。一日の大半を過ごしたはずの、教室での出来事というものが、私の記憶から全て抹消され、削ぎ落とされているのです。私は一体、どのように休み時間を過ごしていたのでしょうか。どのように授業を受けていたのでしょうか。そこには確かに、流れた時間が存在しているはずなのに、「無かったこと」になっている現在、その空白に何を当てはめれば良いのでしょうか。
私はその空虚を埋めるように、ただただ、家に帰って眠ることをしました。虚しくて仕方が無いのです。変わっていく環境にも、生活にも、何一つ耐えられず、私は音をあげて布団に潜り込みます。

そんな生活がしばらく続いた木曜日の事でした。
4教科赤点を取った私は期末対策学習会への出席が義務づけられていたため、対策学習会に出席した後、さっさと帰ってしまおう、と急ぎ足で荷物のある教室へ向かいました。
教室、とは私の最も嫌う空間ですから、いち早く荷物を回収してとんずらする必要があります。私の肺は五分としてその空間の空気に耐えることができません。なぜなら私はナウシカだからです。私はナウシカ、私はナウシカ、私は愛される象徴としての、自然からも人からも愛されたナウシカ……
そんなわけで、私は半ば走るようにして教室に入りました。もちろん、音を立ててはいけません。教室では多くの生徒達が自主学習に取り組んでいるのです。
そこで、ああ、私は見たのです。
私の席の隣で、一人。全員が正面の黒板に向かって座り、黙々と学習に取り組む教室とは不釣り合いな姿勢で──具体的に言うなら、壁を背にして足を組んで漫画でも読むような格好をして、しかし参考書は開いておくか、といった姿勢──我が底辺部の顧問がいたのです。
その瞬間、私の中で燻っていた「どうして私だけ」といった被害者意識は打ち砕かれました。

そうだ、独りじゃなかった。

私はやっと、この単純な理論に気が付き、思わず涙でも出てきてしまいそうな気持ちになりました。そうでした。何も被害者が私だけであるはずがないのです。だってほら、目の前に、同じ被害者が確かに存在している!
そんなわけで、その日は顧問と一緒に流れでコメダに寄って帰りました。
こうして、私はまだ生きています。死んだ時はちゃんと地獄からツイートするので皆さん待っていてくださいね。

メリメリリ

トカトントン」とはかの有名な太宰治の小説ですが、私の場合は日常を過ごす中で、「メリメリリ」という音が聞こえてきます。
 所謂ニヒルさえも打ち砕き、虚無も虚無、なにもかもまっさらな、いやむしろ透明にしてしまうトカトントンは、私にはどうも、メリメリリと聞こえるのです。
 赤点を回避しようとする時、遅刻寸前で走っている時、そんな切羽詰まった状況でふと、この「メリメリリ」が聞こえてきます。
すると、もう駄目です。
 ひとたびこのメリメリリが聞こえてくると、なんだか、何もかもが馬鹿らしく思えてくるのです。やる気を出したところでメリメリリ、起きがけにメリメリリ、虚無をさえ上回る虚無とでもいうのでしょうか。こういうわけで、私の人生は常に投げやりなものとなっています。

 しかし、唯一この忌々しい「メリメリリ」が聞こえない瞬間というものが私の人生にも存在するのです。
 その唯一というのは、Twitter、それから推しカプ関連の行動です。この二つだけは、全身全霊、全てをかけて取り組むことができます。特に後者ではそれが顕著です。継続というものができない私ですが、推しカプを拝むことは日々欠かさず、時には自身の手で推しカプを生み出すことだってあるのです。それももう何年目になるでしょうか。
 私は常に、推しカプを追求してきました。
 これだけは自信を持って言えます。私は、常に推しカプに本気です。そのためにいくつの黒歴史が生まれたのでしょうか。個人サイト、厨二ポエム、うごくメモ帳、そしてpixiv。
 そしてまた、今回書かせていただく出来事も、いつかは黒歴史の一つとなるのでしょう。私の、最後の高校生活の、一夏の思い出です。

 某日、推しカプ本を頒布することになりました。

 よくわからない、そういった事情に知識がない、そんな方に分かりやすく、噛み砕いて説明させていただくと、受験の天王山とされる夏休み、私はひたすら原稿作業をしておりました。
 いや、腐女子なら夢じゃないですか。自分の信じる推しカプを本という現実の形にするのは。それがちょっと、ねえ。「たまたま」受験期の夏休みに爆発してしまったというだけで、ええ。仕方のないことなのです。
 個人的に楽しむだけの予定だったんですが、ご縁があってイベントで頒布させていただくことになりました。特定が怖いので細かいことは濁しますが、原稿作業してる時とか超幸せでした。印刷所から本が届いた時感動でもう、私の人生にはこれしかない、そう確信しました。
 確か八月中旬から本格的に書き始めて、九月の前半は校正にかかりっきりだった気がします。同人女として人生を歩んでいこうと思います。
 ここでちょっと、己の二次創作関連黒歴史を振り返って、今回の記事は終了とさせていただこうと思います。

 まず、腐女子の大半はROM専から始まるのではないでしょうか。忘れもしません、私も個人サイトを延々と巡っておりました。腐に目覚める前は占いツクールで豪炎寺修也の夢女子をしていました。
 占いツクールをご存知の方なら分かると思うんですけど、あそこってすごく年齢層が低いから、当然文章も可愛らしいというか、まあ包み隠さず言ってしまえばかなり稚拙なんですよね。
 そこで、小学校高学年にして既に深刻な厨二病を患っていた私は、占いツクールで作品を読ませてもらっておきながら(いや〜…この文章力はどうなの……)という謎の上から目線、小説のなんたるかを教えてやるよ、といった感じで話を書いて投稿(豪炎寺修也と学校の屋上から飛び降りて心中する話だった気がします)
したのですが、まったく評価されなかったのでキレて以降投稿するのやめました。ここまで横暴だといっそ清々しいですね。

 そして、腐に目覚めて個人サイトに出会ってからは「これだ」と。
 会話文だけの小説もどきとは違う。地の文もしっかりしたもので、これが私の思う小説、理想ここにあり! 嬉々として個人サイトを巡る。しかし当時は既にイナズマイレブン自体が廃れてきていた時期だったので、サイト更新なんてほぼ無いわけですし、下手すれば閉鎖されてしまうわけです。
 新たな供給はどこから得るか。そこでグーグルくん、迫真の好プレーが光ります。

 私はpixivと出会いました。
 オタク御用達ですよね。pixivはイラスト目当てで使う、って方が多いと思うんですが、小説もすごいんですよ。膨大なユーザーが膨大な数の作品を投稿しているので、中には本当に、プロかと思ってしまうような作品が転がっていたりします。円豪小説は一つのもれなく読み漁りました。本当に幸せでした。
 やがて私もジャンルを広げ、様々なカップリングを嗜むようになりました。
 するとまあ、アレです。
「ぼくのかんがえたさいきょうのおしかぷ」を布教したくなってしまうわけです。とにかく萌えをわかってほしい、肯定してほしい、そういった願望というのは凄まじいもので、拙いながらも自分で継続して文章を書くようになりました。
 鹿野修哉くん、元気ですか。私は貴方のおかげで史上最強の厨二ポエム小説を連投したんですよ。

 そうして今日まで、自分の考える萌えを分かってもらうべく、たまに文章を書き続けています。
 その思いがちょっと暴走した結果と、夏休みという自由時間とが化学反応を起こしたら、本ができました。
 同人活動をしている時だけ、人生が輝いています。

 それ以外ですか? メリメリリの大合唱です。